わざ御出を願ったような訳です……」
こう正太は三吉に言った。彼は又、豊世を顧みて、「叔父さん達に倚子《いす》でも上げたら可かろう」と注意した。
豊世は倚子を寝台の側へ持って来た。森彦、三吉の二人はそれに腰掛けて話した。お種はなるべく正太を休ませたいという風で、三吉に向って、
「お前さんが来るか来るかと言って、彼《あれ》は昨日から待っていた……この名古屋に、彼の御友達で油絵を描く人がある、その人の描いた画をこの部屋で眺められて、三吉叔父さんに御目に掛れれば、もう他に彼は思い残すことが無いのだそうな……で、そのことを御友達に御話したら、それは造作もないことだ、同じ絵ばかりでも倦《あ》きるだろうによって、時々別なのを持って来て取替えて進《あ》げる、そう言ってあんなのを掛けて下すった……」
彼女は、寝ながら病人が眺められるようにしてある小さな風景画の額を弟に指してみせた。
森彦はお種や豊世に看護の注意を与えて置いて、一歩先《ひとあしさき》に旅舎の方へ帰って行った。午後まで三吉は正太の傍に居た。時とすると、正太はウトウトした眠に陥入った。その度に三吉は病室の外へ出て、夏めいた空の見える玻
前へ
次へ
全324ページ中313ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング