似た憂鬱《ゆううつ》な色を見つけた。しかし彼は、寺の周囲《まわり》を彷徨《さまよ》って来るだけで、三つ並んだ小さな墓を見るに堪《た》えなかった。それを無理にも行こうとすれば、頭脳《あたま》がカッと逆上《のぼ》せて、急に倒れかかりそうな激しい眩暈《めまい》を感じた。いつでも寺の前まで行きかけては、途中から引返した。
「父さんは薄情だ。子供の墓へ御参りもしないで……」
とお雪はよくそれを言った。
寄ると触ると、家では子供の話が出た。何時の間にか三吉の心も、家のものの話の方へ行った。
お雪は姪《めい》をつかまえて、夫の傍で種夫に乳を呑ませながら、
「繁ちゃんの亡くなった時は、まだ房ちゃんは何事《なんに》も知りませんでしたよ。でも、菊ちゃんの時には最早よく解っていましたッけ――あの時は皆な一緒に泣きましたもの」
「なアし」とお延も思出したように、「あれを思うと、房ちゃんが眼に見えるようだ」
「真実《ほんと》に、繁ちゃんの時は皆な夢中でしたよ――私が、『御覧なさいな、繁ちゃんはノノサンに成ったんじゃ有りませんか』と言えば、房ちゃんと菊ちゃんとも平気な顔して、『死んじゃったのよ、死んじゃった
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