は、病院に居る間、子供に買ってくれた物を取出した。
「それも入れて遣れ」
 一切が葬られた。やがてお房は二人の妹の墓の方へ送られた。お雪は門の外へ出て、小さな棺の分らなくなるまでも見送った。「最早お房は居ない」こう思って、若葉の延びた金目垣《かなめがき》の側に立った時は、母らしい涙が流れて来た。お雪は家の内へ入って、泣いた。


 山から持って来た三吉の仕事は意外な反響を世間に伝えた。彼の家では、急に客が殖《ふ》えた。訪ねて来る友達も多かった。しかし、主人《あるじ》は居るか居ないか分らないほどヒッソリとして、どうかすると表の門まで閉めたままにして置くことも有った。
 三吉は最早、子供なぞはどうでも可いと言うことの出来ない人であった。多くの困難を排しても進もうとした努力が、どうしてこんな悲哀《かなしみ》の種に成るだろう、と彼の眼が言うように見えた。「彼処《あすこ》に子供が三人居るんだ」――この思想《かんがえ》に導かれて、幾度《いくたび》か彼の足は小さな墓の方へ向いた。家から墓地へ通う平坦《たいら》な道路《みち》の両側には、すでに新緑も深かった。到る処の郊外の日あたりに、彼は自分の心によく
前へ 次へ
全324ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング