しょう」とお雪は懐を掻合《かきあわ》せながら子供に言った。
「そう言えば、叔母さんは復《ま》たお出来なさいましたんでしょう……どうも此頃《こないだ》から、そうじゃないかッて、老婆《ばあや》とも御噂をしていましたよ」
 豊世はお雪の方を見た。お雪はすこし顔を紅めて、微笑《ほほえ》んだ。
「お雪」と三吉は妻に、「何か豊世さんの許《とこ》の道具で、お前の方に頂きたいものが有るかい」
 お雪は気の毒そうに、「そうですねえ……じゃ、豊世さんの裁物板《たちものいた》と、それから張板でも譲って頂きましょうか」
「あの張板なぞは、宅でまだ川向に居ました時分、わざわざ檜木《ひのき》で造らせたんですよ。長く住む積りでしたからねえ。とにかく、道具屋に一度見せまして、直段《ねだん》を付けさした上で、また申上げましょう」
 豊世は心細そうに震えた。とかく話は途切れ勝であった。


 豊世が帰って行く頃、三吉は独《ひと》り二階の部屋へ上って、北側の窓のところに立った。屋根、物干などの重なり合っている間には、春らしく濁った都会の空気や煙を通して、ゴチャゴチャ煙筒《えんとつ》の立つ向うの町つづきに、駒形の方の空を望む
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