と豊世は独語《ひとりごと》のように言った。
「奥様、何卒《どうか》まあ、一日も早く旦那様の方へ御一緒に御成遊ばすように……」と老婆は腰を延ばして、「私も、何か頂きたくて、これまで御世話を致したのじゃ御座いません。奥様がこうして御一人でいらっしゃるのが、私は心配で堪《たま》りません……御留守居は最早沢山で御座いますよ……」
この奉公人は、リョウマチ気《け》のある手を揉《も》み揉み言っていた。
豊世は水に近い空の見える方へ行った。川蒸汽や荷舟は相変らず隅田川《すみだがわ》を往復しつつあった。玻璃障子の直ぐ外にある植込には、萩《はぎ》や薔薇《ばら》などを石垣の外までも這《は》わせて、正太がよく眼を悦《よろこ》ばした場所である。豊世は、その玻璃障子も他の造作と一緒に売ろうと考えた。
長く手入もせずに置いた草木は、そこに柔かな芽を吹いていた。それを見ると、幾年か前の春が彼女の胸に浮んだ。橋本の姑《しゅうとめ》が寝物語に、男の機嫌《きげん》の取りようなぞを聞かされて、それにまた初心らしく耳傾けたことは、夢のように成った。相場師の妻らしく粧おうとして、自然と彼女は風俗《みなり》をもつくった。女
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