、薄暗い人の顔は窓の玻璃《ガラス》に映ったり消えたりした。宿の方へ戻って行く正太の姿を、三吉は想って見た。「郷里《くに》へでも帰って静養したらどうです」と森彦の旅舎《やどや》から帰りがけに甥に言った時、正太が首を振って、健気《けなげ》にも未だ戦おうという意気を示したことなぞが、三吉の胸にあった。正太の失敗も知らず、まして病気も知らず、彼一人に希望を繋《つな》いでいるような橋本の家の人達のことも浮んで来た。
「可哀想な男だ」
こう口の中で言って見て、長いこと三吉は窓のところに立っていた。
十
春が来た。正太の留守宅では、豊世と老婆《ばあさん》と二人ぎりで、四月あまりも名古屋の方の噂《うわさ》をして暮した。豊世は十一月末に東京へ引返したので、駒形《こまがた》の家の方で女ばかりの淋《さび》しい年越をした。河の方へ向いた玻璃《ガラス》障子の外へは幾度となく雪が来た。石垣の下に見える物揚場の伊豆石、家々の屋根、対岸の道路などは、その度《たび》に白く掩《おお》われた。弟という人と一緒に二階を借りて夫婦同様に暮している女の謡曲の師匠が他へ移るとか移らないとか、家主が無理に立退
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