へ行き、是方《こっち》へ行き、一つ処に落着いていられた例《ためし》は無いんですものね。叔父さんも、何でしたら、一度郷里へいらしって下さいましな。母親さんによく話してやって下さい。真実《ほんと》に、叔父さんにでも行って頂くと難有《ありがた》いんですけれど……」
こう言って、豊世が三吉の家へ寄ったのは、八月の下旬であった。それに附添《つけた》して、
「名古屋へ私が手紙を出しました序《ついで》に、『駒形の家は月が好う御座んすが、そっちではどんな月を見てますか』ッて、そう申して遣《や》りましたら、『俺は物干へ出て月を見てる』なんて、そんな返事を寄しましたよ――彼方《あちら》も御暑いと見えますね」と夫のことを案じ顔に言った。彼女は留守宅を老婆《ばあさん》に托して行くこと、名古屋廻りの道筋を取って帰国することなどを、叔父や叔母に話して置いて、心忙しそうに別れて行った。
三吉は父母の墓を造ろうと思い立っていた。山村に眠る両親の墳《つか》は未だそのままにしてあったので、幸作へ宛《あ》てて手紙を送って、墓石のことを頼んで遣った。返事が来た。石の寸法だの、直段書《ねだんがき》だのを細く書いて寄した。九
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