よ」正太が入口の格子戸を開けて呼んだ。それを聞きつけて、お延は周章《あわ》てて出た。丁度森彦も来合せていて、そこへ顔を顕《あら》わした。
「到頭房もいけなかったかい」
「ええ、今朝……払暁《あけがた》に息を引取ったそうです……皆な、今、そこへ来ます」
 森彦と正太とは、こう言合って、互に顔を見合せた。
 間もなく三台の車が停った。お雪は乳呑児《ちのみご》を抱いて二週間目で自分の家へ帰って来た。下婢《おんな》も荷物と一緒に車を降りた。つづいて、三吉が一番|年長《うえ》の兄の娘、お俊も、降りた。
 三吉の車は一番後に成った。日の映《あた》った往来には、お房の遊友達が立留って、ささやき合ったり、眺《なが》めたりしていた。黒い幌《ほろ》を掛けて静かに引いて来た車は、その娘達の見ている前で停った。
「叔父さん、手伝いましょうか」
 と正太が車の側へ寄った。
 お房は茶色の肩掛に包まれたまま、父の手に抱かれて来た。グタリとした子供の死体を、三吉は車から抱下《だきおろ》して、門の内へ運んだ。
 仏壇のある中の部屋の隅には、人々が集って、お房の為に床を用意した。そこへ冷くなった子供を寝かした。顔は白い
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