ました」と豊世は叔父の後へ廻って、軒先の真綿の玉を指してみせた。「稗蒔《ひえまき》ですよ――往来を通る人が皆な妙な顔をして見て行きます」
 正太は何を見ても侘《わび》しいという風であった。豊世に、「彼方《あっち》へいってお出《いで》」と眼で言わせて置いて、
「実は叔父さん、私の方から御宅へ伺おうと思っていたところなんです。未だ御話も致しませんでしたが、近いうちに私も名古屋へ参るつもりです。彼方《あちら》の方で、来ないか、と言ってくれる人が有りましてネ……まあ二三年、私も稽古《けいこ》のつもりで、彼方の株式仲間へ入って見ます」
「そいつは何よりだ」と三吉が頼もしそうに言った。
 正太は心窃《こころひそ》かに活動を期するという様子をした。自分で作った日露戦争前後の相場表だの、名古屋から取寄せている新聞だのを、叔父に出して見せて、
「叔父さんからも御話がよく有りますから、今度は私もウンと研究して見ます。下手に周章《あわ》てない積りです。この通り、彼方《あちら》の株の高低にも毎日注意を払っています……『どうして、橋本は行《や》るぜ、彼はナカナカの者だぜ』――そう言って、是方《こっち》の連中なぞ
前へ 次へ
全324ページ中254ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング