太夫婦は揃《そろ》って町へ買物に出掛けた時であった。程なく帰るであろう、という老婆を相手にして、しばらく三吉は時を送った。二階は貸すと見えて、種々な道具が下座敷へ来ている。玻璃《ガラス》障子のところへ寄せて、正太の机が移してあって、その上には石菖蒲《せきしょうぶ》の鉢《はち》なぞも見える。水色のカアテンも色の褪《あ》せたまま掛っている。
 老婆は茶を勧めながら、
「是方《こちら》へ私が御奉公に上りました時は、まあこんな仲の好い御夫婦もあるものでしょうか、とそう思いまして御座いますよ。段々御様子を伺って見ますと……私はすっかり奥様の方に附いて了《しま》いました。そりゃ、貴方、女はどう致したって、女の味方に成りますもの……」
 この苦労した人は、夫婦の間に板挾《いたばさ》みに成ったという風で、物静かな調子で話した。主人思いの様子は、奉公する人とも見えなかった。
「でも、是方の旦那様も、真実《ほんとう》に好い御方で御座いますよ」
 と復た老婆が言った。
 三吉は玻璃障子のところへ行って、眺めた。軒先には、豊世の意匠と見えて、真綿に包んだ玉が釣《つる》してある。その真綿の間から、青々とした稗《
前へ 次へ
全324ページ中252ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング