附いていられると可《い》いけれど――叔父さんは、お前、お金の心配もしなけりゃ成らん」
 こんなことを言って出て行った三吉は、やがて用達から戻って来て、復《ま》た部屋に倒れた。何時の間にか、彼は死んだ人のように成った。
「母さん――」
 こういう呼声に気が付いて、三吉が我に返った頃は、遅かった。彼は夕飯後、しばらく姪と病院の方の噂をして、その晩も早く寝床に入ったが、自分で何時間ほど眠ったかということは知らなかった。次の部屋には、姪がよく寝入っている。身体を動かさずにいると、可恐《おそろ》しい子供の呼声が耳の底の方で聞える。「母さん、母さん、母さん――母さんちゃん――ちゃん――ちゃん――ちゃん」宛然《まるで》、気が狂《ちが》ったような声だ……それは三吉の耳について了《しま》って、何処に居ても頭脳《あたま》へ響けるように聞えた。
 夢のように、門を叩《たた》く音がした。
「小泉さん、電報!」
 むっくと三吉は跳起《はねお》きた。表の戸を開けて、受取って見ると、病院から打って寄《よこ》したもので、「ミヤクハゲシ、スグコイ」とある。お延を起す為に、三吉は姪の寝ている方へ行った。この娘は一度「ハイ
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