向って、
「延、叔父さんはこの一週間ばかり碌に眠らないんだからネ……今夜は叔父さんを休ませておくれ。お前も、頭脳《あたま》の具合が悪いようなら、早く御休み」
 こう言って置いて、その晩は早く寝床に就《つ》いた。
 何時《いつ》電報が掛って来るか知れないという心配は、容易に三吉を眠らせなかった。身体に附いて離れないような病院特別な匂いが、プーンと彼の鼻の先へ香《にお》って来た。その匂いは、何時の間にか、彼の心をお房の方へ連れて行った。電燈がある。寝台《ねだい》がある。子供の枕頭《まくらもと》へは黒い布《きれ》を掛けて、光の刺激を避けるようにしてある。その側には、妻が居る。附添の女が居る。種夫や下婢《おんな》も居る。白い制服を着た看護婦は病室を出たり入ったりしている。未だお房は、子供ながらに出せるだけの精力を出して、小さな頭脳《あたま》の内部《なか》が破壊《こわ》れ尽すまでは休《や》めないかのように叫んでいる――思い疲れているうちに、三吉は深いところへ陥入るように眠った。
 翌日《あくるひ》は、午前に三吉が留守居をして、午後からお延が留守居をした。
「叔母さん達のように、ああして子供の側に
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