行った。
 丁度、名倉の老人が一杯始めた時で、膳《ぜん》を前に据えて、手酌でちびりちびりやっていた。
「何卒《どうぞ》御構いなく、私はこの方が勝手なんで御座いますから」
 と老人は三吉に言って、自分で徳利の酒を注いだ。
 お雪は勝手の方から、何か手造りのものを皿に盛って持って来た。老人の癖で、酔が廻って来ると皆なを前に置いて、自分の長い歴史を語り始める。巨万の富を積むに到るまでの経歴、遭遇した多くの艱難《かんなん》、一門の繁栄、隠居して以来時々試みる大旅行の話など、それに身振手|真似《まね》を加えて、楽しそうに話し聞かせる。服装《なりふり》なぞはすこしも気に留めないような、質素な風采《ふうさい》の人であるが、どこかに長者らしいところが具《そな》わっていた。
「復た、阿爺《おとっ》さんの十八番《おはこ》が始まった」と母も傍《そば》へ来た。
「しかし、阿爺さん」と三吉は老人の前に居て、「あの自分で御建築《おたて》に成った大きな家が、火事で焼けるのを御覧なすった時は――どんな心地《こころもち》がしましたか」
「どんな心地もしません」老人は若い者に一歩も譲らぬという調子で言った。「あの家は――
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