や、毎度《いつも》どうも――」
と名倉の老人は正太に挨拶《あいさつ》した。気象の壮《さか》んなこの人でも、寄る年波ばかりは争われなかった。髯《ひげ》は余程白かった。
二階へ上って、叔父と一緒に茶を飲む頃は、正太は改まってもいなかった。旅から日に焼けて来た叔父の顔を眺《なが》めながら、
「時に、叔父さん、吾家《うち》の阿爺《おやじ》も……いよいよ満洲の方へ行ったそうです」
こんなことを正太が言出したので、三吉は仕掛けた旅の話を止《や》めた。
「阿爺もネ――」と正太は声を低くして、「ホラ、長らく神戸に居ましたろう。何か神戸でも失敗したらしい。トドのツマリが満洲行と成ったんです……実叔父さんを頼って行ったものらしいんです……実は私も知らずにおりました。昨夕《ゆうべ》お倉叔母さんが見えまして――あの叔母さんも、お俊ちゃんはお嫁さんに成るし、寂しいもんですから、吾家《うち》で一晩泊りましてネ――その時、話が有りました。実叔父さんから手紙で阿爺のことを知らせて寄したそうです……」
橋本の達雄と小泉の実とが満洲で落合ったということは、話す正太にも、聞く三吉にも、言うに言われぬ思を与えた。つく
前へ
次へ
全324ページ中223ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング