の人の中に交った。彼の足は電車の通う橋の方へ向き易《やす》かった。そこから、黄昏時《たそがれどき》の空気、チラチラ点く燈火《あかり》、並木道、ゴチャゴチャした町の建物なぞを眺めては帰って来た。家の近くには、人の集る寄席《よせ》がある。そこへも彼はよく独りで出掛けて行った。芸人が高座でする毎時《いつも》きまりきった色話だとか、仮白《こわいろ》だとかが、それほど彼の耳を慰めるでも無かった。彼は好きな巻煙草を燻《ふか》しながら、後の方の隠れた場所に座蒲団《ざぶとん》を敷いて、独りで黙って坐った。そして、知らない人の中に居て、言い難き悲哀《かなしみ》を忘れようとした。
名倉の母は長く逗留していた。その間に、お雪は留守番を母に頼んで置いて、旧《むかし》の学校友達だの、豊世の家だのを訪問して歩いた。子持で、しかも年寄のない家に居ては、こういう機会がお雪には少なかったからで。三吉は妻の外出にすら、何とも言ってみようの無い不安な感じを抱《いだ》くように成った。
ある晩、お雪は直樹の家を訪ねると言って出て行った。十時過ぐる頃まで帰って来なかった。妙に三吉は心配に成って来た。
「母親《おっか》さん――
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