》学校を休ませてみるなんて言った――そんな勇気の無いこっちゃ、ダチカン」
思わず森彦は郷里《くに》の方の言葉を出した。そして、旧家の家長らしい威厳を帯びた調子で、博愛、忍耐、節倹などの人としての美徳であることを語り聞かせた。久しく森彦の傍に居なかったお延は、何となく父を憚《はばか》るという風で、唯黙って聞いていた。
「や、菓子をくれるのを忘れた」
と森彦は思付いたように笑って、袂の内から紙の包を取出した。やがて、家の内を眺め廻しながら、
「どうもここの家は空気の流通が好くない。此頃《こないだ》から俺はそう思っていた。それに、ここの叔父さんのようにああ煙草《たばこ》をポカポカ燻《ふか》したんじゃ……俺なぞは、毎晩休む時に、旅舎の二階を一度明けて、すっかり悪い空気を追出してから寝る。すこしでも煙草の煙が籠《こも》っていようものなら、もう俺は寝られんよ」
こうお延に話した。彼は娘から小刀を借りて、部屋々々の障子の上の部分をすこしずつ切り透《すか》した。
「延――それじゃ俺はこれで帰るがねえ」
「あれ、阿父さんは最早御帰りに成るかなし」
「今日は叔父さんも一寸帰って来るそうだし――そうす
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