れば俺は居なくても済む。丁度好い都合だった。これからもう一軒寄って行くところが有る。復た泊りに来ます」


 家の方を案じて、三吉は夕方に病院から戻った。留守中、訪ねて来てくれた人達のことを姪から聞取った。
「只今《ただいま》」
 と三吉は縁側のところへ出て呼んだ。
「オヤ、小泉さん、お帰りで御座いましたか」
 庭を隔てて対《むか》い合っている裏の家からは、女教師の答える声が聞えた。
 女教師は自分の家の格子戸をガタガタ言わせて出た。井戸の側《わき》から、竹の垣を廻って、庭伝いに三吉の居る方へやって来た。中学へ通う位の子息《むすこ》のある年配で、ハッキリハッキリと丁寧に物なぞも言う人である。
「房子さんは奈何《いかが》でいらっしゃいますか。先日|一寸《ちょっと》御見舞に伺いました時も、大層御悪いような御様子でしたが――真実《ほんと》に、私は御気の毒で、房子さんの苦しむところを見ていられませんでしたよ」
 こう女教師は庭に立って、何処か国訛《くになまり》のある調子で言った。その時三吉は、簡単にお房の病気の経過を話して、到底助かる見込は無いらしいと歎息した。お延も縁側に出て、二人の話に耳を
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