で来た。子供が上って来ては、客も迷惑だろうと、お雪はあまり話の仲間入もしなかった。
三吉は半ば串談《じょうだん》のように、「お雪は姉さんをコワがっていますよ」
「そんなことがあらすか」とお種は階梯《はしごだん》を下りかけたお雪の方を見て、「ねえ、お雪さん、貴方とは信州以来の御馴染ですものネ」
お種の神経質らしい笑声を聞いて、お雪は泣き騒ぐ子供の方へ下りて行った。
三吉は思い付いたように、戸棚の方へ起って行った。実が満洲へ旅立つ時、預って置いた父の遺筆を取出した。箱の塵《ちり》を払って、姉の前に置いて見せた。その中には、忠寛の歌集、万葉仮名で書いた短冊《たんざく》、いろいろあるが、殊にお種の目を引いたのは、父の絶筆である。漢文で、「慷慨《こうがい》憂憤の士を以《も》って狂人と為す、悲しからずや」としてある。墨の痕《あと》も淋漓《りんり》として、死際《しにぎわ》に震えた手で書いたとは見えない。
父忠寛が最後の光景《ありさま》は、いつも三吉が聞いて見たく思うことであった。お鶴が通夜の晩に、皆な集って、お倉から聞いた時の話ほど、お種は委《くわ》しく記憶していなかった。そのかわり、お種は
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