たように、老婆の方を見て、「老婆さん、貴方はあの路地のところへ行って、角に番をしていて下さい。じゃあ私は下谷の警察まで行って来ます」
夜は更《ふ》けて来た。火事の混雑の後で、余計に四辺《あたり》はシーンとしていた。青ざめた街燈の火に映る電車通には、往来《ゆきき》の人も少なかった。柳並木の蔭は暗い。路地の角に、豊世と老婆《ばあさん》の二人が悄然《しょんぼり》立って、見張をしている。そこへ三吉が帰って来た。
「まだ帰りませんか」と三吉は二人に近づいて尋ねた。
「叔父さん、どうしたら宜《よ》う御座んしょうね」と豊世は愁《うれ》わしげに答えた。
「まあ家へ行って相談しようじゃ有りませんか」
こういう三吉の後に随《つ》いて、豊世は重い足を運んだ。老婆も黙って歩いて行った。
正太の家には、お仙を捜しに出たものが皆な一緒に集った。
「何時でしょう」と三吉が言出した。
「十一時過ぎました」と正太は懐中時計を出して見て答えた。
しばらく正太は沈吟するように部屋の内を歩いて見た。やがて、玻璃《ガラス》障子の閉めてあるところへ行って、暗い空を窺《うかが》いながら立っていたが、復た皆なの居る方へ引
前へ
次へ
全324ページ中177ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング