下を通る人や、町家の灯や、水に近い夜の空なぞを眺《なが》めながら立っていた。お仙が居なくなったという時から、やがて一時間も経つ……
三吉は老婆《ばあさん》の方へ引返した。
「もう一度、私は行って見て来ます」
老婆は考深く、「御嬢様も、もうそれでも御帰りに成りそうなものですね」
「何処《どこ》ですか、そのお仙ちゃんの見えなく成ったという処は」
「なんでも奥様が御一緒に買物を遊ばしまして――ホラ、電車通に小間物を売る店が御座いましょう――彼処《あすこ》なんで御座いますよ。奥様は、御嬢様が御側に居《い》らッしゃることとばかり思召して、坊ちゃまに何か御見せ申していらしったそうですが、ちょっと振向いて御覧なさいましたら、最早御嬢様は御見えに成らなかったそうです。それはもう、ホンのちょっとの間に……」
それを聞いて、三吉は出て行った。
二度目に彼が引返して、暗い石垣の下までやって来ると、お種は娘の身の上を案じ顔に、玻璃障子のところに立っていた。
「姉さん、お仙ちゃんは?」と三吉は往来から尋ねてみた。
「未だ帰らない」
という姉の答を聞いて、三吉も不安を増して来た。
「三吉」とお種は弟を家
前へ
次へ
全324ページ中174ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング