たかと思った。
六
橋本のお種が娘お仙を連れて上京するという報知《しらせ》が、正太の家の方へ来た。半歳《はんとし》も考えて旅に出る人のように、いよいよお種が故郷を発《た》つと言って寄《よこ》したのは、七月下旬に入ってからのことであった。
「漸《ようや》く、私の待っていたような日が来た。番頭の幸作も養子分に引直して、今では家のもの同様である。それに嫁まで取って宛行《あてが》ってある。私も、留守を預けて置いて、発《た》つことが出来る。お前達はどういう日を送っているか。お仙と二人で、そちらの噂《うわさ》をしない日は無い。お前達の住む東京を、お仙にも見せたい……叔父さんや叔母さん達にも逢《あ》わせたい……」という意味が、お種の手紙には長々と認《したた》めてあった。
この母からの便りを叔父達に知らせる積りで、先《ま》ず正太は塩瀬の店を指して出掛けようとした。
同じ河の傍でも、三吉や直樹の住むあたりから見ると、正太の家は厩橋《うまやばし》寄の方であった。その位置は駒形《こまがた》の町に添うて、小高い石垣の上にある。前には埋立地らしい往来がある。正太は家を出て、石段を下りた
前へ
次へ
全324ページ中165ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング