た。附添に居た母の座敷は、別に畳を敷いて設けた。そこから飲食《のみくい》する物を運んだ。どうかすると、父は格子のところから母を呼んだ。「ちょっと是処へ来さっせ」と油断させて置いて、母の手のちぎれる程引いた。薄暗い座敷牢の中で、忠寛の仕事は空想の戦を紙の上に描くことで有った。さもなければ、何か書いてみることであった。忠寛は最後まで国風《こくふう》の歌に心を寄せていた。ある時、正成の故事に傚《なら》って、糞合戦《くそがっせん》を計画した。それを格子のところで実行した。母も、親戚も、村の人も散々な足利勢《あしかがぜい》であった……
皆な笑い出した。
「私は阿爺《おとっ》さんの亡くなる時分のことをよく知りません。御蔭で今夜は種々なことを知りました」と三吉は嫂に言った。「あれで、阿爺さんは、平素《ふだん》はどんな人でしたかネ」
「平素ですか。癇《かん》さえ起らなければ、それは優しい人でしたよ。宗さんが、貴方、子供の時分と来たら、ワヤク(いたずら)なもんで、よく阿爺さんにお灸《きゅう》をすえられました……阿爺さんはもう手がブルブル震えちまって、『これ、誰か来て、早く留めさっせれ』なんて……それほ
前へ
次へ
全324ページ中160ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング