婦は同じようにお房の様子を見に行った。


 お房の発熱は幾日となく続いた。庭に向いた部屋へ子供の寝床を敷いて、その枕頭《まくらもと》へお雪は薬の罎《びん》を運んだ。鞠《まり》だの、キシャゴだの、毛糸の巾着《きんちゃく》だの、それから娘の好きな人形なぞも、運んで行った。お房は静止《じっと》していなかった。臥《ね》たり起きたりした。
 ある日、三吉は町から買物して、子供の方へ戻って来た。父の帰りと聞いて、お房は寝衣《ねまき》のまま、床の上に起直った。そして、家の周囲《まわり》に元気よく遊んでいる近所の娘達を羨《うらや》むような様子して、子供らしい眼付で父の方を見た。
「房ちゃん、御土産《おみや》が有るぜ」
 と三吉は美しい色のリボンをそこへ取出した。彼は、食のすすまない子供の為《ため》にと思って、ミルク・フッドなども買求めて来た。
「へえ、こんな好いのをお父さんに買って頂いたの」
 とお雪もそこへ来て言って、そのリボンを子供に結んでみせた。
「房ちゃんは何か食べたかネ」と三吉は妻に尋ねた。
「お昼飯《ひる》に、お粥《かゆ》をホンのぽっちり――牛乳は厭《いや》だって飲みませんし――真実《ほ
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