た。
「そんなに君は困るんですか」と三吉は正太の顔を見た。「郷里《くに》の方からでも、すこし兵糧《ひょうろう》を取寄せたら可いじゃ有りませんか」
「そこです」と正太は切ないという容子《ようす》をして、「なるべく郷里へは言って遣りたくない……ああして、店は店で、若い者が堅めていてくれるんですからネ」
萎《しお》れた正太を見ると、何とかして三吉の方ではこの甥の銷沈《しょうちん》した意気を引立たせたく思った。彼はいくらかを正太の前に置いた。それがどういう遣《つか》い道の金であるとも、深く鑿《ほ》って聞かなかった。
やがて正太は自分の下宿を指して帰って行った。後で、お雪は台所の方を済まして出て来て、夫と一緒に釣洋燈《つりランプ》の前に立った。
「正太さんは、未だ、何事《なんに》も為《な》すっていらッしゃらないんでしょうか」
「どうも思わしい仕事が無さそうだ。石炭をやってみたいとか、何とか、来る度に話が変ってる。何卒《どうか》して早く手足を延ばすようにして遣りたいものだネ――あの人も、橋本の若旦那《わかだんな》として置けば、立派なものだが――」
こういう言葉を交換《とりかわ》して置いて、夫
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