いう人達は、いずれも一日の労働を終って窓の外を通過ぎる。
 三吉は窓のところに立って、ションボリと往来の方を眺めながら、
「どうかすると、こういう夕方には寂しくて堪《た》えられないようなことが有るネ――それが、君、何の理由も無しに」
「私の今日《こんにち》の境涯では猶更《なおさら》そうです――しかし、叔父さん、そういう感じのする時が、一番心は軟かですネ」
 こう正太が答えた。次第に暮れかかって来た。その部屋の隅《すみ》には、薄暗い壁の上に、別に小窓が切ってあって、そこから空気を導くようになっている。青白い、疲れた光線は、人知れずその小障子のところへ映っていた。正太はそれを夢のように眺めた。
 夕飯はお雪の手づくりのもので、客と主人とだけ先に済ました。未だ正太は言いたいことがあって、それを言い得ないでいるという風であったが、到頭三吉に向ってこう切出した。
「実は――今日は叔父さんに御願いが有って参りました」
 他事《ほか》でも無かった。すこし金を用立ててくれろというので有った。これまでもよく叔父のところへ、五円貸せ、十円貸せ、と言って来て、樺太《からふと》行の旅費まで心配させたものであっ
前へ 次へ
全324ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング