夫は無いものでしょうか」
世辞も飾りも無い調子で、幸作は主人のことを案じ顔に言った。姉の消息は三吉も聞きたいと思っていた。
「姉さんは、君、未だそんな風ですかネ」
「近頃は復《ま》た寝たり起きたりして――」
「困るねえ」
「私も実に弱って了《しま》いました。今更、大旦那を呼ぶ訳にもいかず――」
「達雄さんが帰ると言って見たところで、誰も承知するものは無いでしょう。僕も実に気の毒な人だと思っています……ねえ、君、実際気の毒な……と言って、今ここで君等が生優《なまやさ》しい心を出してみ給え、達雄さんの為にも成りませんやね」
「私も、まあそう思っています」
「よくよく達雄さんも窮《こま》って――病気にでも成るとかサ――そういう場合は格別ですが、下手《へた》なことは見合せた方が可いネ」
「大御新造がああいう方ですから、私も間に入って、どうしたものかと思いまして――」
「こう薬の手伝いでもして、子のことを考えて行くような、沈着《おちつ》いた心には成れないものですかねえ。その方が可いがナア」
「そういう気分に成ってくれると難有《ありがた》いんですけれど」
「姉さんにそう言ってくれ給え――もし達雄
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