んな》と一緒に湯へ行った。改まったような心地のする畳の上で、三吉はめずらしく郷里《くに》から出て来た橋本の番頭を迎えた。
「今|御新造《ごしんぞ》さん(豊世)が買物に行くと言って、そこまで送って来てくれました。久し振で東京へ出たら、サッパリ様子が解りません」
こう番頭が言って、橋本の家風を思わせるような、行儀の好い、前垂を掛けた膝《ひざ》を長火鉢の方へ進めた。
番頭は幸作と言った。大番頭の嘉助が存命の頃は、手代としてその下に働いていたが、今はこの人が薬方《くすりかた》を預って、一切のことを切盛《きりもり》している。旧《ふる》い橋本の家はこの若い番頭の力で主に支《ささ》えられて来たようなもので有った。幸作は正太よりも年少《としわか》であった。
黒光りのした大黒柱なぞを見慣れた眼で、幸作は煤掃《すすはき》した後の狭細《せせこま》しい町家の内部《なか》を眺め廻した。大旦那の噂が始まった。郷里《くに》の方に留守居するお種――三吉の姉――の話もそれに連れて出た。
「どうも大御新造(お種)の様子を見るに、大旦那でも帰って来てくれたら、そればかり思っておいでなさる。もうすこし安心させるような工
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