のようにヤイヤイ言われなくても可《よ》さそうなものだ……何となく君は危いような感じを起させる人なんだネ」
「それです。塩瀬の店のものもそう言います――何処か不安なところが有ると見える――こりゃ大に省《かえり》みなけりゃ不可《いかん》ぞ」
 その時、お雪が階下《した》から上って来て声を掛けた。
「父さん、※[#「※」は「ひとがしら+ナ」、108−17]が見えました」
 親戚の客があると聞いて、正太は叔父と一緒に二階を下りた。
「正太さん、この方がお福さんの旦那さんです」
 商用の為に一寸上京した勉を、三吉は甥に紹介した。勉は名倉の母からの届け物と言って、鯣《するめ》、数の子、鰹節《かつおぶし》などの包をお雪の方へ出した。


 大掃除の日は、塵埃《ごみ》を山のように積んだ荷馬車が三吉の家の前を通り過ぎた。畳を叩《たた》く音がそこここにした。長い袖の着物を着て往来を歩くような人達まで、手拭《てぬぐい》を冠って、煤《すす》と埃《ほこり》の中に寒い一日を送った。巡査は家々の入口に検査済の札を貼付《はりつ》けて行った。
 早く暮れた。お雪は汚《よご》れた上掩《うわッぱり》を脱いで、子供や下婢《お
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