はしごだん》を上った。正太は三吉から受取った手紙の礼を言った後で、
「豊世なぞは解らないから困ります。そりゃ芸者にもいろいろあります。ミズの階級も有ります。しかし、叔父さん、土地で指でも折られる位のものは、そう素人《しろうと》が思うようなものじゃ有りません。あの社会はあの社会で、一種の心意気というものが有ります。それが無ければ、誰が……教育あり品性ある妻を置いて……」
「いえ、僕はネ、君が下宿時代のことを忘れさえしなけりゃ――」
「難有《ありがと》う御座います。あの御守は紙入の中に入れて、こうしてちゃんと持ってます。今日は大に考えました」
 こう言って、正太は激昂《げっこう》した眼付をした。彼は、真面目《まじめ》でいるのか、不真面目でいるのか、自分ながら解らないように思った。「とにかく肉的なと言ったら、私は素人の女の方がどの位肉的だか知れないと思います……」こんなことまで叔父に話して、微笑んで見せた。
「正太さん、何故君はそんなに皆なから心配されるのかね」
「どうも……叔父さんにそう聞かれても困ります」
「世の中には、君、随分仕たいことを仕ていながら、そう心配されない人もありますぜ。君
前へ 次へ
全324ページ中139ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング