世は夫の方を見たり、叔父や叔母の方を見たりして、「私は先刻《さっき》から来て坐り込んでいます……ねえ叔母さん……何か私が言うと、宅は直ぐ『三吉叔父さんの許《ところ》へ行って聞いて御覧』なんて……」
こんな話を、豊世も諄《くど》くはしなかった。彼女は夫から巻煙草を貰って、一緒に睦《むつ》まじそうに吸った。
「バア」
三吉は傍へ来た種夫の方へ向いて、可笑《おかし》な顔をして見せた。
「叔母さん、私も子供でも有ったら……よくそう思いますわ」と豊世が言った。
「豊世さんの許でも、御一人位御出来に成っても……」とお雪は茶を入れて款待《もてな》しながら。
「御座いますまいよ」豊世は萎《しお》れた。
「医者に診《み》て貰ったら奈何《いかが》です」と言って、三吉は種夫を膝の上に乗せた。
「宅では、私が悪いから、それで子供が無いなんて申しますけれど……何方《どっち》が悪いか知れやしません」
「俺は子供が無い方が好い」と正太は何か思出したように。
「あんな負惜みを言って」
と豊世が笑ったので、お雪も一緒に成って笑った。
豊世は一歩《ひとあし》先《さき》へ帰った。正太は叔父に随《つ》いて二階の楼梯《
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