俺は御目に懸りたいよ」
「ホラ、去年の夏、近松の研究が有りましたあネ。丁度盆の芝居でしたサ。あの時は、正太さんも行き、俊も延も行きました。博多小女郎浪枕《はかたこじょろうなみまくら》。私はあの芝居を見物して帰って来て、復た浄瑠璃本《じょうるりぼん》を開けて見ました。宗七という男が出て来ます。優美|慇懃《いんぎん》なあの時代の浪華《なにわ》趣味を解するような人なんです。それでいて、猛烈な感情家でサ。長崎までも行って商売をしようという冒険な気風を帯びた男でサ。物に溺《おぼ》れるなんてことも、極端まで行くんでしょう……何処かこう正太さんは宗七に似たような人です。正太さんを見る度に、私はよくそう思い思いします――」
「彼の阿爺《おやじ》が宗七だ――彼は宗七第二世だ」
兄弟は笑出した。
「それはそうと、俺の方でも呼び寄せて、彼によく言って置く。細君を心配させるようなことじゃ不可《いかん》からネ。お前からも何とか言って遣《や》ってくれ」と森彦が言った。
「去年の夏以来、私は意見をする権利が無いとつくづく思って来ました」と三吉は意味の通じないようなことを言って、笑って、「とにかく、謹み給え位のこと
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