豊世さんが心配してるんですか。そんな危げのある女でも無さそうですがナア。私の見たところでは、お目出度いような人でしたよ」
「復た阿爺《おやじ》の轍《てつ》を履《ふ》みはしないか、それを豊世は恐れてる」
「しかし、兜町の連中なぞは酒席が交際場裏だと言う位です。塩瀬の大将だっても妾《めかけ》が幾人《いくたり》もあると言う話です。部下のものが飲みに行く位のことは何とも思ってやしないんでしょう。大将がそんなことを言いそうも無い……豊世さんの方で心配し過ぎるんじゃ有りませんか」
「俺は、まあ、何方《どっち》だか知らないが――」
「そんなことは放擲《うっちゃらか》して置いたら可いでしょう。そうホジクらないで……私に言わせると、何故《なぜ》そんなに遊ぶと責めるよりか、何故もっと儲けないと責めた方が可い」
森彦は長火鉢の上で手を揉んだ。
「どうも彼《あれ》は質《たち》がワルいテ。すこしばかり儲けた銭で、女に貢《みつ》ぐ位が彼の身上《しんじょう》サ。こう見るのに、時々彼が口を開いて、極く安ッぽい笑い方をする……あんな笑い方をする人間は直ぐ他《ひと》に腹の底を見透されて了う……そこへ行くと、橋本の姉さん
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