い凋落《ちょうらく》を傷《いた》むという風で、
「若い時は最早行って了《しま》った」と嘆息するように口ずさんだ。食卓の上には、妓の為に取寄せた皿もあった。年増は残った蒲鉾《かまぼこ》だのキントンだのを引寄せて、黙ってムシャムシャ食った。
 やがて十二時近かった。三吉は酔った甥《おい》が風邪《かぜ》を引かないようにと女中によく頼んで置いて、独《ひと》りで家まで車を命じた。女中や三人の妓は玄関まで見送りに出た。三吉が車に乗った時は、未だ女達の笑声が絶えなかった。
「叔父さん! 叔父さん!」


 すこし話したいことが有る。こういう森彦の葉書を受取って、三吉は兄の旅舎《やどや》を訪ねた。二階の部屋から見える青桐《あおぎり》の葉はすっかり落ちていた。
「来たか」
 森彦の挨拶はそれほど簡単なものであった。
 短く白髪を刈込んだ一人の客が、森彦と相対《さしむかい》に碁盤《ごばん》を置いて、煙管《きせる》を咬《くわ》えていた。この人は森彦の親友で、実《みのる》や直樹《なおき》の父親なぞと事業を共にしたことも有る。
「三吉。今一勝負済ますから、待てや。黒を渡すか、白を受取るかという天下分目のところだ
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