」と小金と老松の間に居る年増《としま》も噴飯《ふきだ》した。
「真実《ほんと》の叔父さんだよ」と正太は遮《さえぎ》ってみたが、しかし余儀なく笑った。
「叔父さん! 叔父さん!」
老松や小金はわざとらしく言った。皆な三吉の方へ向いて、一つずつ御辞儀した。そして、クスクス笑った。三吉も笑わずにいられなかった。
「私の方が、これで叔父さんよりは老《ふ》けてるとみえる」と正太が言った。
小金は肥った手を振って、「そんな嘘《うそ》を吐《つ》かなくっても宜《よ》う御座んすよ。真実《ほんと》に、橋本さんは担《かつ》ぐのがウマいよ」
「叔父さん、へえ、御酌」と老松は銚子を持ち添えて、戯れるように言った。
「私にも一つ頂かせて下さいな」と年増は寒そうにガタガタ震えた。
電燈は花のように皆なの顔に映った。長い夜の時は静かに移り過ぎた。硝子戸の外にある石垣の下の方では、音のしない川が流れて行くらしかった。老松は好い声で、浮々とさせるような小唄を歌った。正太の所望で、三人の妓は三味線の調子を合せて、古雅なメリヤス物を弾《ひ》いた。正太は、酒はあまり遣《や》らない方であるが面長な渋味のある顔をすこし染めて
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