為には随分働きもしたもので、他《ひと》の嫌《いや》がる帳簿は二晩も寝ずに整理したことを叔父に話した。彼は又、相場師生活の一例として、仕立てたばかりの春衣《はるぎ》が仕附糸《しつけいと》のまま、年の暮に七つ屋の蔵へ行くことなどを話した。
「そう言えば、今は実に可恐《おそろ》しい時代ですネ」と正太は思出したように、「此頃《こないだ》、私がお俊ちゃんの家へ寄って、『鶴ちゃん、お前さんは大きく成ったらどんなところへお嫁に行くネ』と聞きましたら――あんな子供がですよ――軍人さんはお金が無いし、お医者さんはお金が有っても忙しいし、美《い》い着物が着られてお金があるから大きな呉服屋さんへお嫁に行きたいですト――それを聞いた時は、私はゾーとしましたネ」
こんな話をしているうちに、料理が食卓の上に並んだ。小金が来た。小金は三吉に挨拶《あいさつ》して、馴々《なれなれ》しく正太の傍へ寄った。親孝行なとでも言いそうな、温順《おとな》しい盛りの年頃の妓《おんな》だ。
「橋本さん、老松《おいまつ》姐《ねえ》さんもここへ呼びましょう――今、御座敷へ来てますから」
と言って、小金は重い贅沢《ぜいたく》な着物の音を
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