上った。
久し振の上京で、豊世は叔母の顔を見ると、何から言出して可いか解らなかった。坐蒲団《ざぶとん》を敷いて坐る前に、お房やお菊の弔《くや》みだの、郷里《くに》に居る姑《しゅうとめ》からの言伝《ことづて》だの、夫が来てよく世話に成る礼だのを述べた。
「叔母さん、私もこれから相場師の内儀《おかみ》さんですよ」
と軽く笑って、豊世は自分で自分の境涯の変遷に驚くという風であった。
「種ちゃん、御辞儀は?」とお雪は眼を円《まる》くして来た子供に言った。
「種ちゃんも大きく御成《おなん》なさいましたねえ」
「豊世叔母さんだよ、お前」
「種ちゃん、一寸《ちょっと》来て御覧なさい。叔母さんを覚えていますか。好い物を進《あ》げますよ」
種夫は人見知りをして、母の背後《うしろ》に隠れた。
「種ちゃん幾歳《いくつ》に成るの?」と豊世が聞いた。
「最早《もう》、貴方三つに成りますよ」
「早いもんですねえ。自分達の年をとるのは解りませんが、子供を見るとそう思いますわ」
その時、壁によせて寝かしてあった乳呑児《ちのみご》が泣出した。お雪は抱いて来て、豊世に見せた。
「これが今度お出来なすった赤さん?」
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