一同を集めて、一緒に別離の茶を飲んだ。
復た鶏が鳴いた。夜も白々《しらじら》明け放れるらしかった。
「皆な、屋外《そと》へ出ちゃ不可《いけない》よ……家に居なくちゃ不可よ……」
実は、屋外まで見送ろうとする家のものを制して置いて、独りで門を出た。強い身体と勇気とは猶《なお》頼めるとしても、彼は年五十を超《こ》えていた。懐中《ふところ》には、神戸の方に居るという達雄の宿まで辿《たど》りつくだけの旅費しか無かった。満洲の野は遠い。生きて還《かえ》ることは、あるいは期し難かった。こうして雄々しい志を抱《いだ》いて、彼は妻子の住む町を離れて行った。
五
お雪は張物板を抱いて屋並に続いた門の外へ出た。三吉は家に居なかった。町中に射す十月下旬の日をうけて、門前に立掛けて置いた張物板はよく乾いた。襷掛《たすきがけ》で、お雪がそれを取込もうとしていると、めずらしい女の客が訪ねて来た。
「まあ、豊世さん――」
お雪は襷を釈《はず》した。張物もそこそこにして、正太の細君を迎えた。
「叔母さん、真実《ほんと》にお久し振ですねえ」
豊世は入口の庭で言って、絹の着物の音をさせながら
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