えすれば、俺は安心して発《た》てる」
こういう大人同志の無造作な話は、お俊を驚かした。彼女は父の方を見た。父は細かく書いた勘定書を出して叔父達に示した。多年の間森彦の胸にあったことは、一時に口を衝《つ》いて出て来た。この叔父は「兄さん」という言葉を用いていなかった。「お前が」とか、「お前は」とか言った。そして、声を低くして、父の顔色が変るほど今日までの行為《おこない》を責めた。
お俊はどう成って行くことかと思った。堪忍《かんにん》強い父は黙って森彦叔父の鞭韃《むち》を受けた。この叔父の癖で、言葉に力が入り過ぎるほど入った。それを聞いていると、お俊は反《かえ》って不幸な父を憐《あわれ》んだ。
「俊、先刻《さっき》の物をここへ出せや」
と父に言われて、お俊はホッと息を吐《つ》いた。彼女は母を助けて、用意したものを奥の部屋の方へ運んだ。
「さあ、何物《なんに》もないが、昼飯をやっとくれ」と実は家長らしい調子に返った。
三人の兄弟は一緒に食卓に就いた。口に出さないまでも、実にはそれが別離《わかれ》の食事である。箸《はし》を執ってから、森彦も悪い顔は見せなかった。
「むむ、これはナカナカ
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