けた。
 沼のように湿気の多い町。沈滞した生活。溝《どぶ》は深く、道路《みち》は悪く、往来《ゆきき》の人は泥をこねて歩いた。それを通り越したところに、引込んだ閑静な町がある。門構えの家が続いている。その一つに実の家族が住んでいた。
「三吉叔父さんが被入《いら》しった」
 とお俊が待受顔に出て迎えた。お延も顔を出した。
「森彦さんは?」
「先刻《さっき》から来て待っていらしッてよ」
 とお俊は玄関のところで挨拶した。彼女は大略《おおよそ》その日の相談を想像して、心配らしい様子をしていた。
「鶴《つう》ちゃん、御友達の許《ところ》へ遊びに行ってらッしゃい」お俊は独《ひと》りで気を揉《も》んだ。
「そうだ、鶴ちゃんは遊びに行くが可い」
 とお倉も姉娘の後に附いて言った。「こういう時には、延ちゃんも気を利《き》かして、避けてくれれば可《い》いに」とお俊はそれを眼で言わせたが、お延にはどうして可いか解らなかった。この娘は、三吉叔父の方から移って間もないことで、唯マゴマゴしていた。
 実は部屋を片付けたり、茶の用意をしたりして、三吉の来るのを待っていた。三人の兄弟は、会議を開く前に、集って茶を嚥《
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