でいるような客の前には、中年の女が手持無沙汰《てもちぶさた》に銚子を振って見て、恐れたり震えたりした。
酒も冷く成った。
ボーンという音が夜の水に響いて聞えた。仮色《こわいろ》を船で流して来た。榊は正太の膝を枕にして、互に手を執《と》りながら、訴えるような男や女の作り声を聞いた。三吉も横に成った。
三人がこの部屋を離れた頃は、遅かった。屋外《そと》へ出て、正太は独語《ひとりごと》のように、遣瀬《やるせ》ない心を自分で言い慰めた。
「今に、ウンと一つ遊んで見せるぞ」
「小泉君、君は帰るのかい……野暮臭い人間だナア」
と榊は正太の手を引いて、三吉に別れて行った。
三吉は森彦から手紙を受取った。森彦の書くことは、いつも簡短である。兄弟で実の家へ集まろう、実が今後の方針に就《つ》いて断然たる決心を促そう、と要領だけを世慣れた調子で認《したた》めて、猶《なお》、物のキマリをつけなければ、安心が出来ないかのように書いて寄《よこ》した。
弟達は兄を思うばかりで無かった。度々《たびたび》の兄の失敗に懲りて、自分等をも護らなければ成らなかった。で、雨降揚句の日に、三吉も兄の家を指して出掛
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