運んで来た。一番いける口の榊は、種々な意味で祝盃《しゅくはい》を挙げ始めた。
「姉さんにも一つ進《あ》げましょう」と榊は女中へ盃を差した。「どうです、僕等はこれで何商売と見えます?」
 女中は盃を置いて、客の様子を見比べた。
「私は何と見えます?」と正太が返事を待兼ねるように言った。
「さあ、御見受申したところ……袋物でも御|商《あきな》いに成りましょうか」
「オヤオヤ、未だ素人《しろうと》としか見られないか」と正太は頭を掻《か》いた。
 榊も噴飯《ふきだ》した。「姉さん、この二人は株屋に成りたてなんです。まだ成りたてのホヤホヤなんです」
「あれ、兜町の方でいらッしゃいましたか。あちらの方は、よく姐《ねえ》さん方が大騒ぎを成さいます」
 こう女中は愛想よく答えたが、よくある客の戯れという風に取ったらしかった。女中は半信半疑の眼付をして意味もなく、軽く笑った。
 知らない顔の客のことで、口を掛ければ直ぐに飛んで来るような、中年増《ちゅうどしま》の妓《おんな》が傍へ来て、先ず酒の興を助けた。庭を隔てて明るく映る障子の方では、放肆《ほしいまま》な笑声が起る。盛んな三味線の音は水に響いて楽しそ
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