ったことなぞを話した。
階下《した》の部屋は一時《ひととき》混雑《ごたごた》した。親類の娘達の中でも、お愛の優美な服装が殊《こと》に目立った。お俊は自分の筆で画いた秋草模様の帯を〆《しめ》ていた。彼女は長いこと使い慣れた箪笥が、叔父の家の方に来ているのを見て、ナサケナイという眼付をした。順に娘達はお雪に挨拶して出た。つづいて、三吉も出た。門の前には正太や榊が待っていた。未だ日の暮れないうちから、軒燈《ガス》を点《つ》ける人が往来を馳《か》け歩いた。町はチラチラ光って来た。
水は障子の外を緩《ゆる》く流れていた。榊、正太の二人は電燈の飾りつけてある部屋へ三吉を案内した。叔父の家へ寄る前に、正太が橋の畔《たもと》で見た青い潮は、耳に近くヒタヒタと喃語《つぶや》くように聞えて来た。
榊は障子を明け払って、
「橋本君、こういうところへ来て楽めるというのも、やはり……」
「金!金!」
と正太は榊が皆な言わないうちに、言った。榊は正太の肩をつかまえて、二度も三度も揺《ゆす》った。「然《しか》り、然り」という意味を通わせたのである。
三吉が立って水を眺めているうちに、女中が膳《ぜん》を
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