れを読むと僕は涙が流れて、夜も碌《ろく》に眠られないことがあります……眠らずに考えます……しかし四日も経《た》つと、復た僕は忘れて了う……極く正直な話が、そうなんです。なにしろ僕なぞは、三十万の借財を親から譲られて、それを自分の代に六十万に増《ふや》しました……」
正太も首を振って、感慨に堪《た》えないという風であった。思いついたように、懐中時計を取出して見て、
「叔父さん、今晩は榊さんが夕飯を差上げるそうです。何卒《どうか》御交際《おつきあい》下さいまし」
と言って御辞儀をしたので、榊も話を一《ひ》ト切《きり》にした。
その時親類の娘達がドヤドヤ楼梯《はしごだん》を上って来た。
「兄さん、左様なら」とお愛が手をついて挨拶《あいさつ》した。
「お愛ちゃん、学校の方の届は?」と三吉が聞いた。
「今、姉さんに書いて頂きました」
「叔父さん、私も失礼します」とお俊はすこし改まった調子で言って、正太や榊にも御辞儀をした。
「左様なら」とお鶴も姉の後に居て言った。
この娘達を送りながら、三吉は客と一緒に階下《した》へ降りた。彼は正太に向って、今度引移った実の家の方へ、お延を預ける都合に成
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