ても、君でも可いや――ねえ、小泉君、僕がこんな商売を始めたと言ったら、君なぞはどう思うか知らないが――」
「叔父さんなんぞは何とも思ってやしません」と正太が言った。
「榊が居ると思わないで、ここに幇間《たいこもち》が一人居ると思ってくれ給え――ねえ、橋本君、まあお互にそんなもんじゃないか」と言って、榊は急に正太の方に向いて、「どうだい、君、今日の相場は。僕は最早傍観していられなく成った。他《ひと》の儲けるところを、君、黙って観ていられるもんか」
「ドシンと来たねえ」
「どうだい、君、二人で大に行《や》ろうじゃないか」
 笛、太鼓の囃子《はやし》の音が起った。芝居の広告の幟《のぼり》が幾つとなく揃って、二階の欄《てすり》の外を通り過ぎた。話も通じないほどの騒ぎで、狭い往来からは口上言いの声が高く響き渡った。階下《した》では、種夫を背負《おぶ》った人が、見せに出るらしかった。親戚の娘達の賑かな笑声も聞えた。
 やがて、榊は三吉の方を見て、
「小泉君の前ですが、君は僕の家内にも逢って、覚えておられるでしょう。家内は今、郷里《くに》に居ます。時々家のことを書いた長い手紙を寄越《よこ》します。そ
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