輝いた。「勿論《もちろん》――私が書くべき場合でもなし、阿父にしたところが書けもしなかろうと思います。そりゃあもう、阿父が店のものに対しては、面向《かおむけ》の出来ないようなことをして行きましたからネ。唯、母が可哀そうです……それを思うと、母だけには内証でも通信させて遣《や》りたい。Uさんが間に立ってくれるとも言いますから」
こういう甥の話は、三吉の心を木曾川《きそがわ》の音のする方へ連れて行った。旧《ふる》い橋本の家は、曾遊《そうゆう》の時のままで、未だ彼の眼にあった。
「変れば変るものさネ。君の家の姉さんのことも、豊世さんのことも、君のことも――何事《なんに》も達雄さんは知るまいが。ホラ、僕が君の家へ遊びに行った時分は、達雄さんも非常に勤勉な人で、君のことなぞを酷《ひど》く心配していたものですがナア。あの広い表座敷で、君と僕と、よく種々《いろいろ》な話をしましたッけ。あの時分、君が言ったことを、僕はまだ覚えていますよ」
「あの時分は、全然《まるで》私は夢中でした」と正太は打消すように笑って、「しかし、叔父さん、私の家を御覧なさい――不思議なことには、代々若い時に家を飛出しています
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