《おやじ》の行衛《ゆくえ》も分りました」
 こんなことを言出した。久しく居所《いどころ》さえも不明であった達雄のことを聞いて、三吉も身を起した。
「先日、Uさんが神戸の方から出て来まして、私に逢いたいということですから――」と言って、正太は声を低くして、「その時Uさんの話にも、阿父も彼方《あちら》で教員してるそうです。まあ食うだけのことには困らん……それにしても、あんなに家を滅茶滅茶《めちゃめちゃ》にして出て行った位ですから、もうすこし阿父も何か為《す》るかと思いましたよ」
「あの若い芸者はどうしましたろう――達雄さんが身受をして連れて行ったという少婦《おんな》が有るじゃありませんか」
「あんなものは、最早|疾《とっく》にどうか成って了いましたあね」
「そうかナア」
「で、叔父さん、Uさんが言うには、考えて見れば橋本さんも御気の毒ですし、ああして唯|孤独《ひとり》で置いてもどうかと思うからして、せめて家族の人と手紙の遣取《やりとり》位はさせて進《あ》げたいものですッて」
「では、何かネ、君は父親《おとっ》さんと通信《たより》を始める積りかネ」と三吉が尋ねた。
「否《いいえ》」正太の眼は
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