れが僕によく解らなかったんです。Sさんとは何事《なんに》も君、お互に感情を害したようなことが無いんだからネ。不思議でしょう。実は、此頃《こないだ》、ある友達の許《ところ》へ寄ったところが、『小泉君――Sさんが君のことをモルモットだと言っていましたぜ』こう言いますから、『モルモットとは何だい』と僕が聞いたら、大学の試験室へ行くと医者が注射をして、種々な試験をするでしょう。友達がモルモットで、僕が医者だそうだ――」
 正太は噴飯《ふきだ》した。
「まあ、聞給え。考えて見ると、成程《なるほど》Sさんの言うことが真実《ほんとう》だ。知らず知らず僕はその医者に成っていたんだネ。傍に立って、知ろう知ろうとして、観《み》ていられて見給え――好い心地《こころもち》はしないや。何となくSさんが遠く成ったのは、始めて僕に解って来た……」
 復た正太は笑った。
「しかし、正太さん、僕は唯――偶然に――そんな医者に成った訳でも無いんです。よく物を観よう、それで僕はもう一度この世の中を見直そうと掛ったんです。研究、研究でネ。これがそもそも他《ひと》を苦しめたり、自分でも苦しんだりする原因なんです……しかし、君、
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