三吉は額を眺めて、旧いことまでも思出したように、
「Sさんもどうしているかナア」
 と風景画家の噂《うわさ》をした。正太はずっと以前、染物織物なぞに志して、その為に絵画を修《おさ》めようとしたことが有る位で、風景画家の仕事にも興味を持っていた。
「Sさんには、この節は稀《たま》にしか逢わない」と三吉は嘆息しながら、「何となく友達の遠く成ったのは、悲しいようなものだネ」
「オヤ、叔父さんはああして近く住んでいらしッたじゃ有りませんか」
「それがサ……この画をSさんが僕に描いてくれた時分は、お互に山の上に居て、他に話相手も少いしネ、毎日のようによく往来《いきき》しましたッけ。僕が田圃側《たんぼわき》なぞに転《ころ》がっていると、向の谷の方から三脚を持った人がニコニコして帰って来る――途次《みちみち》二人で画や風景の話なぞをして、それから僕がSさんの家へ寄ると、写生を出して見せてくれる、どうかすると夜遅くまでも話し込む――その家の庭先がこの画さ。あの時分は実に楽しかった……二度とああいう話は出来なく成って了った……」
「友達は多くそう成りますネ」
「何故《なぜ》そんな風に成って来たか――そ
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