」
と言って、考え沈んだ姪の側には、叔父が腰掛けて、犬の鳴声を聞いていた。叔父は犬のように震えた。
「まだ叔父さんは起きていらしッて?」とそのうちにお俊が尋ねた。
「アア叔父さんに関《かま》わずサッサと休んどくれ」
と言われて、お俊は従姉妹の方へ行った。三吉は独りで自分の身体の戦慄《ふるえ》を見ていた。
翌朝《よくあさ》になると、復た三吉は同じようなことを二人の姪の前で言った。「叔父さんも心を入替えます」とか、「俺もこんな人間では無かった積りだ」とか、言った。
「どうしたと言うんだ――一体、俺はどうしたと言うんだ」
と彼は自分で自分に言って見て、前の晩もお俊と一緒に歩いたことを悔いた。
容易に三吉が精神《こころ》の動揺は静まらなかった。彼は井戸端へ出て、冷い水の中へ手足を突浸《つきひた》したり、乾いた髪を湿したりして来た。
「オイ、叔父さんの背中を打って見ておくれ」
こう言ったので、娘達は笑いながら叔父の背後《うしろ》へ廻った。
「どんなに強くても宜《よ》う御座んすか」とお俊が聞いた。
「可《い》いとも。お前達の力なら……背中の骨が折れても関わない」
「後で怒られても困る」とお延は笑った。
叔父は娘達に吩咐《いいつ》けて、「もうすこし上」とか、「もうすこし下」とか言いながら、骨を噛《か》まれるような身体の底の痛みを打たせた。
日延に成った両国の川開があるという日に当った。お俊やお延は、森彦の旅舎《やどや》へも寄ると言って、午後の三時頃から出掛る仕度をした。そこへお俊の母お倉が訪ねて来た。お倉は、夫が頼んで置いた金を受取りに来たのであった。
「母親《おっか》さん、御免なさいよ――着物を着ちまいますから」
とお俊は母に挨拶《あいさつ》した。お延も従姉妹の側で新しい浴衣《ゆかた》に着更《きが》えた。
お倉は三吉の前に坐って、娘の方を眺めながら、
「三吉叔父さんに好いのを買って頂いたネ。叔母さんの御留守居がよく出来るかしらん、そう言って毎日家で噂をしてる……学校の御休の間に、叔父さんの側に居て、種々《いろいろ》教えて頂くが好い……」
三吉は嫂《あによめ》と姪の顔を見比べた。
「真実《ほんと》に、御役にも立ちますまい。黙って見ていないで、ズンズン世話を焼いて下さい」
「母親さん、鶴ちゃんはどうしていて?」とお俊が立って身仕度をしながら尋ねた。
「アア、鶴ちゃんも毎日勉強してる」
こうお倉は答えながら、娘の方へ行って、帯を締る手伝いをしたり、台所の方まで見廻りに行ったりした。
「叔父さん、リボンを見ておくんなんしょ」とお延が三吉の傍へ来た。
「私のも、似合いまして?」とお俊も来て、うしろむきに身を斜にして見せた。
三吉は約束の金を嫂の前に置いた。お倉はそれを受取って、帯の間へ仕舞いながら、宗蔵の世話料をも頼むということや、正太がちょいちょい遊ぶということや、それから自分の夫が今度こそは好く行《や》って貰わなければ成らないということなどを話し込んだ。
娘達は最早花火の音が聞えるという眼付をした。そこまでお倉を送って行こう、と催促した。
「母親さんは煙草を忘れて来た。一寸叔父さんに一服頂いて」
お倉は弟が出した巻煙草に火を点《つ》けて、橋本の姉もどうしているかとか、大番頭の嘉助も死んだそうだとか、豊世を早く呼寄せるようにしなければ、正太の為《ため》にも成らないとか、それからそれへと話した。
「母親さん、早く行きましょうよ」とお俊はジレッタそうに。
「アア、今行く」と言って、お倉は弟の方を見て、「今度という今度は、それでも吾夫《やど》も懲《こ》りましたよ。私がツケツケ言うもんですからネ、『お前はイケナい奴《やつ》に成った、今まではもっと優《やさ》しい奴だと思っていた』なんて、吾夫がそう言って笑うんですよ……でも、貴方、今までのような大きな量見でいられると、失敗するのは眼に見えています。どの位私達が苦労をしたか分りませんからネ――真実《ほんと》に、三吉さんなぞは堅くて好い」
三吉は額へ手を当てた。
間もなくお倉は、種々と娘の世話を焼きながら、連立って出て行った。
両国橋辺の混雑を思わせるような夕方が来た。三吉は燈火《あかり》も点けずに、薄暗い部屋の内に震えながら坐っていた。何となく可恐《おそろ》しいところへ引摺込《ひきずりこ》まれて行くような、自分の位置を考えた。今のうちに踏留《ふみとど》まらなければ成らない、と思った。しばらく忘れていた妻のことも彼の胸に浮んだ。次第に家の内は暗く成った。遠く花火の上る音がした。
「残暑きびしく候《そうろう》ところ、御地皆々さまには御機嫌《ごきげん》よく御暮し遊ばされ候由、目出度《めでたく》ぞんじあげまいらせ候。ばば死去の節は、早速雪子|御遣《おつか》わし下され、ありがたく
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