向が多かった。叔父は自分に都合の好いような無理な注文ばかりした。
 小泉の家の零落――それがお俊には唯悲しかった。それを思うと、涙が流れた。
 叔母のお雪は門のところに居た。種夫を背中に乗せて楽隊の通るのを見せていた。
「種ちゃん、おんぶで好う御座んすね」
 こう言って、お俊は叔母と一緒に家の内へ入った。
 三吉は二階で仕事を急いでいた。お俊が楼梯《はしごだん》を上って、挨拶に行くと、急に叔父は厳格に成った。
「叔父さん、昨日は母親《おっか》さんが上りまして――」
 とお俊は手を突いて言った。
「オオ、お前が来るだろうと思って、待っていた。まあ、是方《こっち》へお入り」
 お俊の前に堅く成って坐っている三吉は、楽しい一夏を郊外で一緒に送った頃の叔父とは別の人のようで有った。よく可笑《おかし》な顔付をして、鼻の先へ皺《しわ》を寄せたり、口唇《くちびる》を歪《ゆが》めたりして、まるで古い能の面にでも有りそうなトボケた人相をして見せて、お俊やお延を笑わせたような、そんな忸々《なれなれ》しさは見られなかった。
 三吉は自分でもそれに気がついていた。お俊と相対《さしむかい》に成ると、我知らず道徳家めいた口調に成ることを、深く羞《は》じていた。そして、言うことが何となく虚偽《うそ》らしく自分の耳にも響くことを、心苦しく思っていた。不思議にも、彼はそれをどうすることも出来なかった……お俊の結婚に就《つ》いても、もっとユックリした気分で、こうしたら可かろうとか、ああしたら可かろうとか、種々話してやりたいと心に思っていた。妙に口へ出て来なかった……唯……「叔母さんの留守に、叔父さんは私の手を握りました――」と人に言われそうな気がして、お俊の顔を見ると何事《なんに》も言えなかった。どんな為になることを言っても、為《し》ても、皆なその一点に打消されて了うような気もした。三吉は心配して作って置いた約束の金を取出した。苦しむ獣のような目付をして、それを姪の前に置いた。
「何故、叔父さんはこうだろう……」
 とお俊は自分で自分に言ってみて、宗蔵の世話料を受取った。
 長くも居られないような気がして、お俊は一寸礼を述べて、やがて階下《した》へ下りた。
 お雪の居る部屋には、仕事が一ぱいにひろげてあった。叔母は長火鉢のところで茶を入れて、キヌカツギなぞを取出しながら、姪と一緒に上野や向島の噂をした。
「父さん、御茶が入りました」
 とお雪は楼梯《はしごだん》の下から声を掛けたので、三吉も下りて来た。三人一緒に成ってからは、三吉も機嫌《きげん》を直した。叔母や姪は睦《むつ》まじそうに笑った。
 何処までもお俊は気をタシカに持って、言うことだけは叔父に言って置こうという風で、
「叔父さん――昨日母親さんに御話が有ったそうですが、宗蔵叔父さんと一緒に成ることは御断り申します」
 と帰りがけに、口惜《くや》しそうに言った。
 三吉は苦笑した。腹《おなか》の中で、「なにも俺は、無理に一緒に成れと言ったんじゃ無いんだ――串談《じょうだん》半分に、一寸そんなことを言って見たんだ――お前達はそう釈《と》って了うから困る」こうも思ったが、あまりお俊にキッパリ出られたので、それを言う気に成らなかった。
 姪が帰って行った後で、三吉は深い溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
「何故、俊はああだろう」
 とお雪に言って見た。叔父の心は姪に解らず、姪の心は叔父に解らなかった。


 不意な出来事が実の留守宅に起った。お鶴を病院へ入れなければ成らない。この報知《しらせ》を持って、お延は三吉の家へ飛んで来た。不図した災難が因《もと》で、お鶴は発熱するように成ったのであった。
 間もなくお鶴は病院の方へ運ばれた。一週間ばかり煩《わずら》った後で、脳膜炎で亡くなった。
 河岸《かし》の柳の花も落ち始める頃、三吉は不幸な娘の為に通夜をする積りで、お俊の家をさして出掛けた。お雪も、子供を下婢《おんな》に托《たく》して置いて、夫よりは一歩《ひとあし》先《さき》に出た。
 親戚は実の留守宅へ集って来た。森彦、正太夫婦を始め、お俊が父方の遠い親戚とか、母方の縁者とか、そういう人達まで弔《くや》みを言い入れに来た。混雑《ごたごた》したところへ、丁度三吉も春先の泥をこねてやって来た。「鶴《つう》ちゃんも、可哀そうなことをしましたね」こういう言葉が其処《そこ》にも是処《ここ》にも交換《とりかわ》された。台所の方には女達が働いていた。
「ここの家は神葬祭だネ。禰宜《ねぎ》様を頼まんけりゃ成るまい」と森彦はお倉の方を見て言った。
「宗さんの旧《ふる》い歌仲間で、神主をしてる人があります」とお倉が答えた。「母親《おっか》さんの生きてる時分には、よくその人を頼んで来て貰いました」
「よし。では、正太は気の毒だが、その禰
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